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選考作文:オリム・イシャンクロフ(ウズベキスタン共和国)
「子孫に残すもの」

 原始時代から今まで、気の遠くなるような長い間にわたって人類を結び続けてきたのは愛だと思います。愛がなければ人類は存在してはいないと考えます。とっくにこの地球から消滅していると思います。
 人間の愛には大小さまざまなものがあります。私が愛という言葉を聞いてすぐにイメージするのは、恋愛している女と男がお互いの目を見ながら周りにハート型のオーラを出すこと、仲の良い夫婦がお互いに敬愛して道を楽しそうな顔をして歩くことです。また小さい子供の手を両親がつないでやって笑いながら歩いている光景も浮かんできます。鳥のうれしそうな鳴き声や鮮やかな空、人々が心の中にうれしい気持ちを持って公園を散歩したりしている平和な景色にも、愛に満ちた世界を感じます。小さな愛のイメージですがこのイメージは身近でそして大切なものだと考えます。
 なぜならば、その光景は私を幸せな気分にさせるからです。愛の中にいる人も、それを見ている人も幸福な気持ちになります。愛には人を幸せにする力があると思います。そのことから人は元々憎しみあうのではなくて、愛し合うものだと分かります。人間は愛の産物ではないでしょうか。
 大きな愛については作家も詩人も心を込めてその気持ちを入れて表現し、たくさんの小説や詩を書いています。愛の感情は多面的で鮮やかでカラーが豊かだと思います。ですから普通の人はいくら愛について語っても、書いても言葉が足りないと思います。しかし、作家や詩人は上手に言葉で愛を表現しています。多くの人が言うように、私も名作だと思います。
 小説家や詩人ばかりではありません。絵・彫刻・建築物にも名作があります。これらの作品を見ていると私の心が幸せになります。またその作品を見るため世界中の国々から多くの人が集まってきます。作品を見て、楽しんで、幸せな気持ちになるためです。それはその作品を作った芸術家たちが愛を込めてそれを完成させたからだと思います。
 愛は人を幸福にすると同時に人にインスピレーションを与えてくれるようにも思います。自分がしていることを愛している人は奇跡を成し遂げるのかも知れません。芸術家は今は二度と作られない立派な作品を作っています。
 愛の気持ちを入れて作れば必ず名作が生まれます。その名作は永久に残って自分の生涯よりも長生きしています。例えばストラトィウリ・バイオリン、レオナルド・ダ・ウィンチの絵、サマルカンドのレギスタン広場にあるウルグベグ・メドレッセ(神学校)、ティリャカリ・メドレセ、シェルドル・メドレッセなどがそれです。
 素晴らしい芸術家は素晴らしい作品を残しました。その作品を作るために芸術家たちは家族・友人たちの愛に支えられていたのだと想像します。名前の残っている芸術家の周りには、必ずその芸術家を愛した家族・友人がいたと思うのです。その名前もない人々がいたからこそ、芸術家たちはその仕事に専念できたと考えます。
 愛にはそんな素晴らしい力があります。けれども、愛は良いことばかりではなく悲しみや憎しみも合わせて持っています。自分の愛だけを大事にして、他人の愛を考えない時は争いや恨みの気持ちが生まれてきます。
 自分だけの愛を守るために戦争を起こしたり、お互いを殺したり、犯罪を行ったりしています。社会には貪欲な人がいます。その人は本当に必要でないものまで手に入れようとします。利己的な権力欲のために戦争を起こし、自分さえ幸福になれば良いという金銭欲で人はその戦争に行き、自分の体や他人の体を滅ぼしたりしています。
 大昔から近所の人の地所が欲しくて戦争を起こしたりしました。それも自分と自分の家族だけの愛を大事にしすぎたせいだと思います。そんな戦争は私たちの小さい惑星=地球を悩ませています。
 古代からそういう先祖は簡単な武器、つまり石や棒や弓を使って戦争をしました。その簡単な武器は今は原子力兵器に変わってきました。たった1発の兵器で何10万人もの人が死んでしまいました。死んでしまった人は悪気なく普通に暮らしていました。原爆を持っていた人々はその人たちの住んでいるところで試してみました。
 それは日本の広島と長崎です。その時の恐怖心と苦しみは私たちの胸を痛ませながら、子孫にも伝えられています。その日を今も忘れられない人が多いと思います。もちろんそんなことは今でも世界中から非難されています。
 ウズベクの15世紀の詩人アリシェール・ナボイ像の側には彼の詩の一部が書かれています。そこにはこう書いています。
 「世界中の皆さん、敵意は良いことではありません。皆さん平和な生活を送りましょう」
 ウズベキスタンのサマルカンドは青いドームの建物が多いため、「青の都」と呼ばれています。サマルカンドでは青色にはいくつかの意味があります。空、水、それに平和のシンボルです。だから私たちの先祖は青色を選んだのです。私たちウズベキスタンの先祖が昔から他の民族のように平和にあこがれたことを表していると思います。
 アメリカでは3年前の9月11日にビンラディンがテロを行いました。今年の9月にはロシアのビスランでテロリストが子供や多くの人を殺しました。そのことは今でも世界中の人が恐怖心を持って記憶しています。全く忘れてはならない事件でした。
 しかし、それが人間にとってどんなに悲しい出来事か、絶対にしてはならないことか全く分からない人もいます。その人たちが何を考えているのかよく理解できません。今でもテロや戦争をしている人もいます。
 その人達は何を一番大事だと考えてそんなことをしているのでしょうか。お金だけですか。それとも宗教の影響ですか。宗教ならクリスト教でも、仏教でも、イスラム教でも、どの宗教でも人を殺せと言う教えはありません。逆に殺さないでお互いを愛しなさいと教えているではありませんか。
 今(今年は10月から11月)はイスラムの国々では神聖なお祭りラマダンです。ウズベキスタンでもその祭りを祝っています。その祭りは1か月続く愛と平和のシンボルです。ムスリム人(イスラム教を信じる人)は神様に自分の愛を伝えるためにお祈りをしているし、断食を守っているし、困っている人の手伝いなどをしています。
 古代からそのお祭りの時は戦争をやめて、自分の敵を友達のように思ってごちそうしてきました。特にそのお祭りが続いている間は、人々はお互いにもっともっと親切で優しくならなければならないと神様が伝えました。ですからその時やめた戦争がラマダンの後も続かないようにと祈ります。
 しかし、私たちは親切で助けなければならないのはラマダンの時ばかりでなく、いつもこのことを守らなければならないと思います。ラマダンの時は敵意はなくなるし、お互いのことを考えるし、それに平和と愛の感じも深く感じられます。
 それ以外、私の国ウズベキスタンではハシャルというものがあります。人々はそれを昔から今まで続けています。ハシャルというのは、ある人が何かをする時に手伝うことです。
 例えば家を建てる時、結婚式の時、お葬式の時などの場合、近所の人々がその家に集まって手伝いをします。私も何回もハシャルに行ったことがあります。そこでは男の人でも女の人でも来て手伝います。
 ハシャルは平和のシンボルです。戦争の時、男の人たちは戦争に行ってしまいますから少ない人数では家も建てられないし、結婚式もできませんでした。ですから今のウズベキスタンに住んでいたソグドの人々は平和を大事にして戦争が起こらないように気を配っていました。
 彼らは商人たちでシルクロードを使いながら商売をしていました。ソグド人はいろいろな国と商売をし、文化交流も行っていましたから戦争をする必要がなかったのです。
 戦争がある国ではいろいろな自然災害がおこり、また建物が壊れたりして人が死んだりしています。人が起こした戦争に反対して自然が反乱を起こしているように感じられます。
現在は本当に人間と地球と愛と平和が危機だと思います。
 だから私は世界中の民族を集めて、いろいろな言語で大きな声で何回も何回も言いたいです。
「皆さんストップしてください。ちょっと止まって振り返ってください。何をしているんですか。将来を考えているんですか。そんなことは全然考えていないんではないでしょうか。ちょっと考えてみてください。私たちの子孫の世界は荒廃・飢餓・痛み・悲しさの世界ですよ。皆さん、民族や宗教は違ってもお互い平和を愛する市民になりましょう。どうして皆自分のことばかり思いますか。他人のこと、子孫のことも考えてください。私たちは人間でしょう。人間としてそんなことをしてはしてはいけないでしょう」と。
 みんなで穏やかな空を見て、飛んでいる鳥を見て目を楽しませたいです。鳥は平和のシンボルです。飛行機を見ても、「あっ、これから爆撃しに行くんだ」という気持ちを持ちたくはないです。 
 ウズベキスタンの大統領、イスラム・カリモフはウズベキスタンは2004年を「慈悲の年」と公示しました。慈悲の心は社会の人が仲良く暮らし友好を強めるために必要だと強調しました。また庶民・市民・国民の平和を維持するためにも大切であると訴えました。そしてそれを達成するために条件を創造しなければならないとも述べました。
 私たちは「慈悲の年」ばかりでなく、これからも親切で慈悲深い気持ちをいつもを持って生活を送る必要があると思います。自分の愛だけではなく、他人の愛も考えて生きるべきだと思います。
 私たちは普通の市民です。大きなことはできません。しかし私たちにでもできることはあると考えます。それをするためには、一番大事なのは家族で子供たちをしっかりと教育することだと思います。親や家族が愛を込めて生まれた子供を育てなければならないと思います。
 自然が好きな人、明るくて愛の心がある人間に育てなければならないと思います。母の乳が与えられている小さい頃から、自分の両親を尊敬し、友達と仲良くし、人を愛すること、自分の国を愛すること、人たちに助けたいという気持ちを心を込めて教えなくてはいけないと思います。何が良いか悪いかちゃんと分かる人に育てなければならないと思います。
 その子供が大人になった時、彼は悪いことをしない、悲しみを周りにいる人々に与えない、人を平気で殺す人間にならないはずです。自分だけの愛を考えて、他人の愛を無視する人にはならないと思います。その人は愛と慈愛に満ち、けっして他人から非難されずに幸福に一生を過ごせると思います。
 もしもその人に才能があって大きな仕事を成し遂げた場合、この人の名前は人々に恩恵を与えた人であると歴史の本に記録されるでしょう。両親や家族がその人を誇りに思うのはもちろん、人類全体がその人を永久に忘れられない人物として記憶し続けると思います。才能があっても他人の愛を考えない人は人々を不幸にします。そんな人は歴史の黒いあととして残るだけです。
 私たちの地球と愛と平和は今、本当に危ないと感じています。人類最初の宇宙飛行士ガガーリンは地球を宇宙から見て次のように言いました。
「みなさん私たちの地球はとても小さい。だからみんなで守りましょう」
 この言葉は私にはとても印象深いものです。ですからいつも私の心の底に流れています。みんなで一緒になって私たちの地球、私たちの惑星を守ろうと言うガガーリンの言葉は、今こそ人類全体でもう一度かみしめるべきなのです。
 日本には平和を願って人々が折りヅルを作る習慣があると聞きます。愛の心を込めて、ツルをおるそうです。その気持ちはとても大切だと思います。今こそ地球上の人類全てが平和を願い、そうして知恵を出し合って戦争やテロのない地球にすることが大切だと考えます。