1.はじめに
私が日本語を勉強し始めてから2年1ヶ月が過ぎた。人間が忘れてはいけない、もしくは、考えなければいけないテーマについての自分の考えを、勉強している言語である日本語で説明することができることを喜びに思っている。
今回、ここで、私の愛と地球と平和についての考えを述べると共に、日本への提言と、それを日本に望む理由、提言実現のためにすべきことを考えてみたいと思う。
2.私の考え ― 日本への提言をするあたり ―
美しい地球とは、愛と平和と自然に満ち溢れている地球ではないだろうか。そこで、日本への提言をするに当たり、愛と平和、及び、自然について、私の考えを述べたい。
(1)愛と平和について
愛には大きく3種類あると思う。以下、その代表的な内容である。
【自己への愛】
・自分への愛(誇り、尊厳など) ・国への愛(愛国心、料理自慢など)
【他者への愛】
・男女の愛(恋人同士、夫婦の愛など)
・家族の愛(母子、父子、兄弟・姉妹の愛など)
・人間同士の愛(教師と学生、近所の人同士、助けを待っている人への愛など)
・国同士の愛(災害時の国を超えた援助、文化交流など)
【感覚への愛】
・趣味への愛(興味を追求しようとする状態など)
・芸術への愛(映画、音楽、演劇、美術を見て、感じて、感動する状態など)
・自然への愛(人間が自然を求める状態、グリンピースの活動など)
愛は色々な種類があるが、人によって、どれを重視するかは異なる。その一人の人が、大切だと思うものが十分にある時、その人は平和の中で生きていると言えるのではないか。または、愛を人から与えられ、人に与え、守り、守られている時、平和の意味がより生きてくると思う。
(2)自然について
自然については、二つの視点から考えることができる。以下、その代表的な内容である。
【人間が自然のためにできること】
・自然を教える(自然の大切さや、公害の恐ろしさについて、子供達に教えるなど)
・自然を敬う(ごみの処理の仕方や汚水処理に工夫し、実践することなど)
・自然を守る(国立公園に指定して、自然の維持に努めることなど)
【自然が人間のためにできること】
・自然が人を癒す(疲れた人の気持ちを解きほぐすことなど)
・自然が人を守る(大雨が降った時、山の木々が山崩れを防いでくれることなど)
・自然が人に教える(天災を起こし、人より強いものがあることを教えることなど)
一番大切なものは何かと聞かれて、お金だと答える人もいるかもしれない。確かに、お金も必要だが、もし世界に、自然が生み出す素晴らしい環境のバランスがなければ、人間は生きていくことができない。自然は、時に、おごり勝ちの人間に、それを教えてくれる。その結果はとても無残な結果になることもあるが、人間が自然に対してしたこと(例えば木を切りすぎて山崩れを誘発すること)の結果であることもあることを忘れてはいけない。
3.日本への提言
私は、以下のことを、日本へ提言したい。
日本は、その存在が、世界平和と自然保護のシンボルになりえることを、
世界に向けてもっと強くアピールすべきである。
4.日本へ提言をする理由
日本は、とても現代的で、テクノロジーの発達した国であることが知られている。そして、四方を海に囲まれ、自然豊かな国であることも知られている。また、唯一の被爆国で、戦争の醜さ、平和の大切さを知っていることも知られている。これだけ、世界平和と自然保護のシンボルになるための条件を日本は全て持っているのだから、もっと世界に向けて、自分が持っているものをアピールすべきではないだろうか。アピールしないのは怠惰に近い行為だと思う。私は、シンボルになりえるのにシンボルになっていない日本を少しだけ残念に思っている。それだから、3.でした提言を、日本へ提言したいと思う。
5.提言実現のためにすべきこと
提言実現のために、まず、すべきこととして考えられるのは、以下の3点である。
(1)教育活動の充実
日本に限ったことではないと思うが、先進国の若者は、自己中心的になりがちであるという。なぜなら、社会でいわゆる「成功」を収めるために、戦わなければならないからだ。そこで、若者達に我を取り戻させるために、学校の授業でも、テレビでも、映画でも、何でもよいので、若者達に、地球とは、愛とは、平和とは、自然とは何かを学ぶ機会を大人が積極的に作っていかなければならないだろう。
(2)インターネットを利用した広報活動
インターネットの利点は、その場にいながらにして、様々な国の人とつながりをもてる可能性があるからである。例えば、ホームページを作るとする、そうしたとき、ホームページの趣旨に賛同する個人や会社が出てくるかもしれない。それは、大きなチャンスである。なぜなら、次のステップを実現するために、資金面でサポートしてくれる可能性のあるからである。
(3)ボランティア使節団の往来の活性化
どんなに世界がインターネットで近くになっても、人間は、実際に、どこかに出向き、人間と、直接、接することによって得られるものの方が、多いのではないだろうか。トルコでは、経済的に、それほど多くの人が海外へ出向くことができない。しかし、日本人は、トルコ人に較べたら、容易にそれができると聞いている。それだから、まずは、そのような国で、日本語を学んでいる人と交流を持つい言う形で、地球上の愛や平和や自然の大切さを語り合うボランティア使節団があったら良いと思う。そして、将来的には、5.(2)での収益を使って、日本へ自力で来ることは難しい国から日本へ同じようなことを目的とするボランティア使節団を形成し招けたら良いのではないだろうか。
6.終わりに
地球の普遍性は、人間を精神的に進化させ、希望を与える。そのため、地球の普遍性を基軸とし、人間の精神的な進化と希望が回る。とても多くの社会と人種が、この地球を糧に生きてきた。時間の流れと共に、お互いの存在を知らなかった社会と人種が、共に生きることを学び、お互いに知らなかったことを共有し始めた。さらに、もっとお互いを良く知るために、ある1つの他の社会や人種の文化、言語、宗教などを学び始めた。これが、いわゆる現在人の社会生活の始まりである。
地球上の生物の中で、人間は、とても優れた性質を多く持つ恵まれた動物である。しかし、そのような人間にとっても、お互いを良く知ることは、容易なことではなかったようだ。なぜなら、本来、人間の心の奥底に隠しておくべき秘密の部分が、例えば、戦争のような形で表に出てきたからである。戦争は、それを求めた人間の望みを時に叶え、時に叶えなかった。そして、結局、人間は、戦争をした者同士、お互いに多くのものを失うということに気がついた。
戦争というと、人間が血を流し合う戦争をまず考えるだろう。しかし、戦争は、それだけではないと思う。例えば、人間が、自然を破壊すること、空気を汚すことも、ある種の戦争である。この戦争における勝者は、常に人間のような印象を受けるが、実際はそうではない。木を切りすぎれば、水害は起こりやすくなるし、空気を汚せば、人体へ弊害が出てくることも明らかとなっている。すなわち、長い目で見れば、戦争で人間が良い結果を得ることはないである。
では、戦争がなくなれば、何が残るのだろうか。戦争の反対語は、平和である。平和が残るのであろうか。そうではないと思う。私は、戦争でもない、平和でもない状態が残るのではないかと思う。では、人間が、平和を得るため、何をする必要があるのだろうか。それを作るのは、愛だと思う。愛というと男女の愛を思う。しかし、親と子の間にも愛がある。家族や友達同士にも、知らない人同士にも、国同士にも、形はそれぞれ違うが愛は愛である。また、人間は、芸術や自然も愛することができる。私は、人間が感じる愛の数だけ、平和も大きく育つのではないかと思う。
しかしながら、実際は、辞書にですら、戦争がない状態が平和だと書いてある。そして、人間は、その平和という概念を好み、その状態を平和だと思い込んでいる。この考え方は、危険だと思う。なぜなら、戦争がない状態であっても、飢えに苦しんでいる人がいる。愛や温かい微笑に飢えている人がいる。教育を受けたいのに、教育を受けられない人がいる。戦争がない状態であっても、このような不安や恐怖や絶望を感じる人がいる社会を、私は、とても平和な社会だとは言えないと思う。
最後になったが、このレポートを通し、普段は漠然と考えていることについて、深く考える機会を得たことをとてもうれしく思っていることを、ここに記したいと思う。