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選考作文:ヴィボル・ウィ(カンボジア王国)
「愛と地球と平和」

これから愛と地球と平和について書きます。まずは地球です。私は子供のとき、地球はとても大きいところだと思いました。今、大きくなって大学に入って、観光を専門に勉強しています。観光の勉強は旅行のことだけではありません。いろいろなことを勉強しなければなりません。だから、私は世界についていろんな意見があります。毎日私の周りで起こっていることを考えてみます。つまり、地球の中のことです。今、私は本当は地球はとても小さいところだと思います。それはどうしてでしょうか。これまで読んでいると、みなさんは不思議な気持ちになっているはずです。私の考えには二つ理由があります。
 一つめは、昔の生活と比べると、今人々の生活は便利になったということです。例えば、技術とかマスコミとかが発達しました。昔は遠いところへ行きたいとき、長い時間がかかりましたが、今は世界中に旅行したり、行きたいところへ行けたりします。人間は地球の外へも行けます。飛行機や車や電車が作られました。毎年おおぜいの人が自分の国を出て、ほかの国に行きます。例えば、日本やアメリカへ行きたいとき、短い時間で行けます。私のおばさんはいつも、今の若い人たちは豊かな生活をしていると言います。自分の時代と比べると、夢のようだと言います。技術も高くなりました。遠いところにいる人と連絡を取りたいとき、早く連絡できます。知らないところのニュースもテレビによって知ることができます。
 もう一つの理由は、人の小さい力で地球の環境がとても早く変わってしまったことです。昔、地球はうつく美しい所でした。何でもありました。緑が豊かだったし、きこう気候もよかったし、かわいい動物がたくさんいました。でも、今の地球と比べると、ぜんぜん違います。今人間は自分たちの都合ばかりを考えて、地球を自分たちが住めない場所に変えてしまいました。人口が増えたり、工場がたくさん作られたり、木を切ったりしました。その結果、環境の問題が起こりました。この問題は、カンボジアでも起こっています。例えば、私のいなかはカンダールという県です。子供のときから私の家の周りに川があります。ひまなとき、いとこと一緒にこかげ木陰で魚をつりました。十分くらいでたくさんつれました。一回の料理が豊かでした。川の近くの森の上で、鳥はたくさん集まって飛びました。鳥の声が聞こえました。でも、最近はぜんぜん違います。でも農民たちは自分の周りに起こっていることが、よくわかっていません。生活のために魚を取ることしかしません。ばくだんを川に投げて、魚を驚かせて取ります。そして、その魚を毎日店に売ります。毎日毎日、こんなことをしています。法律もあまりきび厳しくないですから、たくさん魚を取りすぎて、魚が少なくなってしまいました。ですから、今の生活はとても大変です。そのことは特に、メコン川とか、トンレサップ川で起こっています。昔は、世界中でトンレサップ川が一番魚が多いところでした。そして、昔は外国へ魚を輸出しましたが、今はカンボジア人が食べる魚も足りません。こんなことが起きたのは、人々が法律を守らなかったからです。また、みずうみ湖の木をたくさん切って、魚の家がなくなってしまったからです。それから、人々はカンボジアの季節も変えてしまいました。最近は、雨が降る季節なのに雨が降りません。かんき乾季は、とても暑いです。農作物はもちろん家畜のえさも育たなくなりました。だから、毎年洪水が起こったり、新しい病気が生まれたり、植物が育たなかったり、おおぜいの人が亡くなったりしています。人間の小さな力で環境を悪くしてしまいましたから、人間の小さい力で環境をなおすこともできると思います。今まだ遅すぎないと思います。

 次は愛です。みなさんは愛を考えると、いつも女の人と男の人の愛を考えます。でも、私にとっての愛は、いろいろな意味があります。女の人と男の人の愛、両親と子供の愛、学生と先生の愛、仕事や自然や国に対する愛があります。今、両親と子供の愛と、国の愛について考えたいです。
 子供は赤ちゃんから、母との関係があります。お母さんのおなかに住んでいるときからです。そのとき愛が生まれます。子供は生まれてから、大きくなるまでお母さんに世話をしてもらいます。お母さんはどんなに難しいことがあtっても、子供のために一生懸命働き続けます。私は、兄弟が3人いますが、カンボジアの経済はあまりよくないですから、とても大変です。私の両親は毎日、朝から晩まで働いてばかりです。病気があっても休みません。土曜日も日曜日も働きます。私の母は言います。「若いときはいつもがんばって勉強しなさい。高い教育を受ければ、将来したいことができるし、将来ほしいものがもらえるでしょう。あなたが、がんばって勉強するのは、あなただけの利益ではない。カンボジアを手伝うことができるでしょう。」また、「カンボジアは戦争があって、3年と3ヶ月と20日の間に、300万人以上が亡くなりましたから、じんてき人的しげん資源が少ないです。国の将来はあなたたち次第です。」とも言います。私は母のすす勧めで、一生懸命観光と英語と日本語を勉強しています。両親の心と愛はとても大切ですから、私は両親を残念な気持ちにさせたくありません。学校では先生は学生に一生懸命社会のことを教えたり、説明したり、自分が勉強して分かったことを教えてくれます。先生の愛も、両親の愛に似ています。そしき組織でボランティアをしている先生は、自分の家族や国を離れて教えます。そんな人がカンボジアにはおおぜいいます。例えば、プノンペン大学は、毎年ボランティアの日本人の先生がカンボジアにいらっしゃって、日本語を教えてくれます。私が日本語を勉強できるのは、この先生たちのおかげです。私はとてもうれしいです。日本は何でもあります。カンボジアに来て、難しいことがたくさんあるのにがまんします。母の愛と先生の愛はべつべつのものです。母の愛は、子供に大きくなっていい大人になってほしいと思う気持ちです。先生の愛は、学生にいい教育をしてあげたいという気持ちです。お母さんと先生は、子供に国にとって大切な人になってほしいと思っています。つまり、母の愛と先生の愛の結果は同じです。国のじんてき人的しげん資源が増えることに関係があります。
 また、国への愛があります。世界中の人が自分の国のことを思っています。誰でもあるはずだと思います。国を愛している人は戦争に参加するという意味ではありません。国を愛している人にはできることがたくさんあります。例えば、みなさんは毎日一人で生活していません。周りには、近所の人がいます。その人は、あなたの兄弟じゃないかもしれませんが、できるだけけんかをしないし、困ったときはお世話をしてあげて、その人はあなたの兄弟のようです。助け合って生活すれば、誰でも同じ家族のようになれます。そうすれば、戦争は起こらなくなって、いい国にすることができます。つまり、愛からいい国が生まれます。
 
 最後に、平和について書きます。1945年ごろ世界中に大きい戦争が起きました。つまり、第二次世界大戦です。力がある国は、いろいろな国をしょくみんち植民地にしました。おおぜいの人が亡くなりました。けがで体が不自由な人と、こじ孤児が残りました。カンボジアでも、ポルポト時代のとき、国の中は危険でした。両親と子供を離してしまいました。毎日朝から晩まで働いてばかりでした。みなさんはよく働きましたが、食物が足りませんでした。みなさんはよくないところにいました。したいことが、できませんでした。勉強や宗教がなくなりました。私の母の兄弟、祖父とおじさんもこのとき、亡くなりました。ポルポト時代の後、何もありませんでした。あるのは、自分の手だけでした。今暇なとき、ご飯の後で母と父は私にそのことを話します。母は、「あなたはとてもよかった。平和な時代に生まれましたから」と言います。私は母の話と第二次世界大戦のことを考えます。戦争は人間にとっていいことがありませんでした。戦争を始めた人のためだけです。今、戦争という言葉はだれも聞きたくないと思います。もし戦争をしたら、みなさんの気持ちは悪いです。でも、平和と言う言葉を聞いたとき、みなさんは笑顔をしています。それは、どうしてですか。平和はとても広い意味です。人々が平和をほしがるのには理由が一つあります。それは、平和があれば何でもあるということです。話す、働く、住む、決めるが自由にできます。今、自由がほしいです。では、どうしたら自由と平和がなくならないですか。これは難しいことですから、人々は一生懸命考えなければなりません。平和が続くかどうかは、みなさん次第です。みなさんの心次第です。もしあなたが、周りの人はみんな同じ家族だと考えれば、悪いことをしないはずです。そのとき、社会でははんざい犯罪やぼうりょく暴力が起こりません。どんな国でも本当の平和がほしいと思うとき、自分の国のことだけ考えては、足りません。本当の平和をつくるには、国と国との関係をよくすることが一番大切です。悪いことが起こったときは、暴力を使わずに話し合いで解決するべきです。問題を解決するのに暴力やぶき武器を使うのはいいことじゃないと思います。2003年にカンボジア人はタイの大使館を燃やしてしまいました。私は、このことに反対です。結果は、タイとカンボジアの関係は、前よりもっと悪くなりました。カンボジアは、タイにお金を払いました。私はこんなことが起こってほしくないです。とても残念でした。これからこの二つの国の関係がよくなるように祈っています。だから、問題を解決するとき、できるだけ暴力を使わないほうがいいです。そうすれば、世界で戦争は起きないと思います。

  地球は、人々が生まれる所で、人々が死ぬ所でもあります。人間にとって、とても大切なところです。人は死ぬとき、何も持っていません。だから、生きている間は自分だけではなくて、人々や地球のために大切なことをしたほうがいいです。私が地球は小さい所だと思ったのは、人間一人一人の小さい力で破壊されてしまったからです。これから人間一人一人の小さい力で、地球を助けることもできると思います。地球にはいろいろな国、いろいろな人、いろいろな宗教がありますが、みんな同じ人間です。みなさんは自分のことだけ考えないほうがいいと思います。だから、自然を守ったり、木を植えたり、若い人に環境についての教育をするべきです。大人がこのようにすれば、子供も大きくなって同じことをするはずです。
 平和は愛から生まれると思います。ですから、愛があれば地球は平和になります。両親の愛も、先生の愛も、結果は子供が将来いい大人になることです。そして、だれも地球で一人だけでは住めません。どんな仕事をしても、自分のためとほかの人のためもあります。例えば、医者は毎日研究したり、病気の人をみてあげたりします。これは医者の愛です。また、環境の専門家は環境を守るためにいろいろなことをします。テレビやラジオや本や雑誌で、人々に環境について知らせます。そして、毎年世界中で環境についての国際会議を行います。これはぜんぶ、人々と地球のためです。この愛は人によって、多かったり少なかったりしますが、だれでも少しは持っています。でも、少ししか愛を持っていない人は平和がほしいと思っていても、あまり平和について考えません。自分のことだけではなくて、国や地球の平和のことを考えられる人を育てるために、愛が要ると思います。
人々は教育を受けて、いろいろな会社で働きます。国が発展できるのは、その人たちのおかげです。それは、両親の愛や先生の愛の結果です。また、自分の毎日の生活を豊かな生活だと思えば、ほかの人やほかの国をうらやましいと思ったり、力がほしいと思ったりしなくなります。そのとき、暴力や戦争の問題が起きません。みんなが世界のことを考えます。世界中で人と人が血を流すことがなくなるはずです。本当の平和があります。そして、うちゅう宇宙の中で地球は一番いいところになると思います。